曝露反応妨害法

認知行動療法で用いられる治療技法の一つです。強迫性障害の治療に用いられます。この治療法はエクスポージャーとよく似た治療法です。強迫観念を引き起こす場面や対象に曝し(=曝露)、そしてその後に生じる強迫行為を行わない(=反応妨害)という治療法になります。エクスポージャーと同様に、これだけでは到底治療法とは思えないかもしれません。エクスポージャーについて書いた記事も同時に読んでいただく方が、より理解しやすいと思います。

 

強迫性障害は強迫観念と強迫行為という大きく2つの症状が特徴です。

手が汚れたのではないか(強迫観念)と気になって(不快感)、手を洗う(強迫行為)

鍵を閉め忘れたのではないか(強迫観念)と気になって(不快感)、鍵を確認する(強迫行為)

この線を踏むと罰があたるのではないか(強迫観念)と心配になって(不快感)、線をかたくなに踏まずに歩く(強迫行為)

 

強迫観念はある場面や対象(時には脈略もないこともありますが)で生じる考えです。ふと何か考えるという体験はほとんどの人がしており、現象としては強迫観念も同様です。しかし、通常のふと考えが浮かぶ体験と異なる点は、通り過ぎずにとどまるということと、強い不快感が伴うことです。例では気になる、心配になるという言葉で書いていますが、言葉で表すには不十分なほど非常に強い不快感を体験します。不快感をそのままにしておくことなどできない、非常に強いものです。

そのため、それを何とかするために行われるのが強迫行為です。基本的には強迫観念と強迫行為は整合性が取れています。汚れている→洗う、閉めていない→確認する、というように不快感を生じさせている懸念を解消させるための合理的な手段のように感じさせます。時には整合性が取れていないものもあり、その人なりのルールのようなものに則って強迫行為が決められる場合は一見、懸念の解決には結びつかないように見えてしまうこともあります。

懸念を解決するための手段に見える強迫行為がこの病気の肝心なところです。強迫行為は通常、懸念を解決するために行われません。その目的は気が済む(不快感を下げる)ことです。そのため汚れがついているかどうかではなく、懸念によって不快感が生じれば強迫行為は行われます。鍵がかかっていることを確認したとしても、ふと懸念が浮かび不快感が生じれば、強迫行為をせずにはいられないのです。このように強迫行為には強迫観念によって生じた不快感を中和するという機能があります。

この中和機能がこの病気が続いていく理由です。不快感が自然と低下していく機会を奪うだけでなく、中和を繰り返すことで不快感は徐々に大きくなっていきます。そのため、それまでの強迫行為のやり方では十分に下がらない(気が済まない)ため、強迫行為はエスカレートしていきます。また、ある日たまたま生じた不快に感じたことがあっても、強迫性障害がなければ、その日だけの出来事で済みます。しかし、この病気では、理由は特にない偶然の不快感であったとしても、ひとたび中和すれば、それ以降も中和し続けなければならないものになります。これも強迫性障害の方を苦しめる特徴の一つと言えるでしょう。

「こんなことをしたって・・・」といくら不合理であることを理解していたとしても、強迫行為にあらがうことは容易ではありません。それほどに強い不快感が生じ、中和することに駆り立てられてしまいます。

 

エクスポージャーの紹介でも取り上げたように、私たちに生じる不快感は自然と元に戻ろうとする特徴があります。また、不快感は回避することですっと下がりますが、長期的には保存されます。これが曝露反応妨害法の治療原理です。強迫観念が生じることを避けずに、不快感を生じさせ、それが強迫行為を行なわずとも、自然と低下するという体験を繰り返します。

 

治療法としての実際の進め方はエクスポージャーと同様です。不安階層表を作成し、中間ぐらいの不快感から挑戦していきます。一つひとつクリアしていき、強迫行為をしない、あるいは生活に支障がない程度まで減少するように治療者とサポートのもと取り組んでいきます。強迫観念が多岐にわたる場合には途方もない治療のように感じられるかもしれません。そして、治療としての即効性を期待しにくいことは否めません。症状の程度にもよりますが、治療にも時間を要します。ただ、全ての強迫観念、強迫行為を対象にする必要はありません。エクスポージャーを進めている際にもみられることですが、「あれができたならこれも」ということが起きます。なので、実際の治療では全ての強迫観念や強迫行為を対象としなくても済むことが多いです。治療法としては苦痛を伴うものですが、治療者と共に、サポートを受けながら取り組んでいくことで症状緩和、コントロールを身に着けていくことが可能です。

曝露反応妨害法